初盆も終りて鎮まる仏間には 遺影の母の変らぬ笑顔
私の祖母、母の母は、2003年(平成15年)の春に亡くなった。この歌は、同じ年の夏に詠まれた歌である。
大学入学とともに実家を離れた私は、就職後もそのまま、親元に帰ることはなかった。
その頃から今までずっと、実家に帰るのは年に2、3回くらい。そのたびごとに、少しずつ祖母が変化していることに気付いていた。
共働き家庭に育った私は、祖母と一緒にいることが好きだった。祖母の料理、糠漬けや特製あんこなどなど……今でもその味を覚えている。植物を育てることが大好きで、庭にはいろいろな草木花が育っていた。
大学の夏休み、1週間ほど実家に滞在して帰るとき、祖母に「ほんじゃ、またね」と言った後、家を出てふと振り返ると、祖母が自分の部屋のカーテンを少しだけ開けて私をじっと見ていた。笑っているようでもあり寂しそうでもあり、ただただじっと見ている。
今でも忘れられない祖母の姿だ。なんとなく手を振ることもできなくて、そのまま駅へ向かった。
ちょうどその頃から祖母は認知症を患い、会うたびごとに、忘れる物事が増えていった。その祖母をずっと介護していたのが母である。離れて暮らしていた私には、その苦労の日々なんて想像することしかできない。ただ一度、2人の祖母を連れて旅行した夜、母が「つらい」と泣いたことがあった。
「初盆」は、故人が亡くなって初めて迎えるお盆のこと。魂が自宅へ初めて帰ってくる特別なものである。当然、来訪者も多く、家の者にとっては息つく暇もない時間ともなる。人々の喧騒が過ぎ去り、気が抜けて仏間にふと座ると、夏の夜の静寂が広がっている。そこでようやくゆっくりと祖母の魂と向き合ったに違いない。
遺影の写真は笑顔が多い。その人らしさが出るからか、いや、その人の幸せそうな顔を周りがずっと見ていたいからか。確かに、祖母の遺影も笑顔だった。それはもちろん、私にとっての「大好きなおばあちゃん」の顔だった。
介護が長くなるにつれ、母が、笑顔の祖母を見る機会は減っていっただろう。そして、母自身の笑顔も減っていった気がしている。
だから、母にとって、このときの遺影の祖母の笑顔は、久しぶりにゆっくりと向き合った「大好きなお母さん」だったに違いない。そのとき、母にも笑顔が浮かんだはずだ。
今年の夏も、仏間の祖母は祖父の隣で笑っていた。
入道雲の伸び行く先に秋の雲 残暑厳しき九月の初め
「初盆の歌」の次に詠まれた歌だ。
時は流れ、季節は変わっていく。それでも、今ここに現実はある。そんなことを感じる歌。祖母を亡くした母は、その区切りをつけることができたのだろうか。
それにしても、入道雲なんて、最近見たことがあっただろうか。子どもの頃は、夏休みに入道雲を見てワクワクしたものだ。入道雲にはあふれ出すパワーがある。
今年は特に猛暑に押されて、仕事や用事以外、できるだけ外に出ることはしたくない日が多かった。でも、この歌を読んで、「ちょっと散歩してみようか」という気になった。日傘を差し、ミニ扇風機を首からぶら下げ、うちわを片手に持った、ずいぶんと軟弱な散歩者だ。少し歩くだけで汗がにじんでくる。それでも我慢して歩いていくと、パッと視界が広がる場所にたどり着いた。
ずっと向こうの空に、入道雲がいた。そして、そののびゆく先には確かに“秋らしい”うろこのような雲がいた。それは、夏の夕方に一瞬感じる涼しい秋風のようにひっそりと隠れている。
地球温暖化に影響されても、季節の移ろいは、ある。そして、時は誰にでも等しく流れる。それを感じながら、今をしっかりたくましく楽しく生きよう。
10月に入っても、残暑どころではない暑さに嫌気は増すばかりだけれど。

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