世界遺産と検定と旅と ①「スタート地点は、とんでイスタンブール」

 昔から「歴史」や「地理」が好きだった。

小学生時代は、教科書や資料ブックの「豆知識」の欄に特に心惹かれ、地図帳を眺めては「ここはどんな場所なんだろう」と想像したし、周りの友だちと都市名早探しゲームをしていたこともある。そんなところから、「世界」への興味が募っていったのだと思う。

テレビでは、『世界まるごとHOWマッチ』(1984~1990年)を毎週心待ちにし、『なるほど!ザ・ワールド』(1981~1996年)のひょうきん由美に憧れ、『カノッサの屈辱』(1990~1991年、その後特番アリ)にほれ込み、『世界・ふしぎ発見!』(1986~2024年)のミステリーハンターや『世界ウルルン滞在記』(2007~2013年)の旅人になる方法を本気で調べたこともある。

そして、五木寛之氏の『青年は荒野をめざす』(1967年、文芸春秋)や沢木耕太郎氏の『深夜特急』(1986年、1992年、新潮社刊)を読んで、世界の旅への憧れは膨らんでいった。

大学生となり、とにかく早く「海外旅行」というものがしたいと考えていた。なるべく飛行機に乗ることを避けてきた学生が、である。それなりにアルバイトをしてお金を貯めた大学1年が終る頃、最初の海外旅行地に選んだのはトルコだ。

なぜトルコなのか。

中高時代に学んだ「オスマン帝国」があまりにも強烈だった。一度は中東、アフリカ、ヨーロッパ世界をも支配したその帝国は(17世紀に最大判図)、何となく「悪者」「狂暴」という扱いがされていたけれど、あのときの私は、その帝国に、既存権力に立ち向かう「自由」な雰囲気を感じていたのかもしれない。実際、その文化は多様性を含んでいたと研究されている。

写真や映像で見たブルーモスクと呼ばれる「スルタンアフメト・モスク」の美しい青い装飾タイルやステンドグラスをどうしても自分の目で見たかった。イスタンブールに行きたい。この都市名の響きは、幼少時に聞いた渡辺真知子の「飛んでイスタンブール」の音楽とともに、私の頭のなかで異国への旅の象徴となっていた。

そして何より「世界遺産」だった!

世界遺産というものを知ったのは、いつ頃だったかはっきりとは覚えていない。しかし、世界遺産は1972年にユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づいてできたものであり、1978年に初めて自然遺産4件、文化遺産12件が世界遺産リストに登録され大きく報道されたという記憶があるから、私はいつからか漠然と、でも大きな夢として「世界遺産」を全部回ってみたいという気持ちを持っていたんだと思う。

イスタンブール歴史地域(旧市街)は、1985年に世界文化遺産に登録されている。長い歴史のなかで名前を変えながらも、さまざまな帝国の首都として栄えた。文化、経済が交錯する土地、世界の要所としてのその歴史的価値を考えれば当たり前でもある。

さて、トルコ旅行に話を戻そう。田舎から東京に出てきた、ごく普通の女子大生は、沢木氏のように、バックパッカーとなってバスの旅をするような勇気はなく、旅行会社のツアーに入った。「魅惑のトルコ10日間」といったものだ。

生まれて初めて乗った飛行機はトルコ航空。とにかく緊張していたけれど、面白く個性的な女性の添乗員さんや一人参加の女子大生を可愛がってくれる参加者によって不安はすぐになくなった。

憧れのイスタンブールに着いたとき、コーランの響きが聞こえてきて、何だか心地よくなったことを覚えている。

さて、ここまで話をしてきたけれど、私は初めての海外旅行、トルコ旅の詳細をそこまで覚えているわけではない。

しかし現在までの私の旅に「世界遺産に行きたい!」という思いはずっとつきまとってきた。そして、2006年、世界遺産検定が誕生した。こちらも「いつかは受験したい!」と思ってきた。

そして20年後、ようやくチャレンジすることを思い立った。

教養的な趣味として、実益にはならないかもしれない。それでも受験したい方も多いのではないか。

鶏が先か卵が先か――。

しかしこの挑戦は、セカンドライフの1つの糧になると思うし、自分の旅を振り返りながら、また、これから先の旅を思いながらの学びや楽しみになると考えるのである。

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